才能への偏見

GRIT やり抜く力 2章の解説です。

才能と成功について説明します。

 

才能よりも努力

数学をすぐ理解できる子供とそうでない子供の中で

成績が良かったのはどちらでしょうか。

すぐ理解できた生徒の中には

成績が良い子供と悪い子供がいますが、

意外にも理解に時間がかかった子供の中に

良い成績を取る子供がいます。

彼らは数学に真剣に取り組み

わからなくても質問をして

あきらめずに挑戦した結果、

良い成績を取ったのです。

ここからわかることは才能ではなく、

努力が重要であるということです。

 

人は自分の潜在能力をほとんど使えていません。

能力の限界に挑戦せず、

ちょっと成功すれば満足してやめてしまいます。

潜在能力を活用できている人々は

ほんの一握りの人たちだけです。

しかし努力の必要性を頭ではわかっていても、

才能と努力への見方には偏見が存在し

才能>>努力と考えてしまいます。

 

能力重視の考え方、

つまりエリート主義が企業に広まると

エンロンのような大事件を引き起こしてしまいます。

能力が何よりも重要ということは、

自分は人より優れている、

優れているのだから何をしても許される、

失敗は許されない、

そんな状況では自分の能力を

証明するために不正が横行します。

 

才能を重視する考え方は、

そのほかの要素である努力やグリットが

必要でないかのような印象を与えてしまいます。

世の中の能力を評価する指標は、

才能以外の要素を測定することができません。

それらの指標に振り回されたり、

様々な環境要因で自分の能力が低いと思い込んでいても、

自分の可能性に目覚めやってみなければわからないと

挑戦することで自分の能力に気づくことができます。

才能よりも努力がより重要なのです。

 

次回

GRIT やり抜く力 3章の解説です。

成功と努力と才能の関係について説明します。

 

所感

能力重視の考え方は

硬直マインドセットそのものですが、

今回はなぜ才能に注目してしまうのか

考えてみたいと思います。

才能を感じるときと言えば、

プロスポーツ選手のファインプレー集を

見ているときでしょうか。

自分にはできないすごいことを

他人がやっているのを見ると

驚いたり感動したりします。

そして実際に見ているものは

努力した結果の集大成です。

結果だけを見ていると

その準備がどれだけ大変だったのか

を想像するのは難しいです。

自分で体験することもできません。

自分にはできなそうなことを、

他人が自然にやっているのを見てしまうと

なぜできるようになったのか

説明することは無理でしょう。

できている人のできていない姿を

頭に浮かべることはできないですよね。

例え成長の過程を見せられたとしても

今のできる姿と見比べてしまうと

理解することが難しいと思います。

そこで何か超能力的なもの、

才能によってできるようになったと

物語を作り

自分を納得させているのかもしれません。

わからない状態でいるよりも、

努力によってできるようになったと

無理やり考えることよりも

そのほうが楽です。

そう思うことによって、

自分には何かの才能があって、

それがあれば人生は何とかなりそう、

未来は明るいかも

と感じて安心できたり

希望が湧いたりするんじゃないでしょうか。

 

例えば過去に辛い思いをしながら

努力した経験を考えてみます。

その経験によって今の自分がいるわけですが、

日々感じられるのはその成果だけです。

普段当たり前のように自転車に乗っている人が、

毎回自転車に乗る度に

練習をしたなぁと懐かしむことはないでしょう。

つまり今持っている能力は

過去の努力によって得たものなのですが、

能力はいつでも感じることはできても

努力は過去のものなので思い出す必要があります。

できるようになれば能力は当たり前に感じ、

努力はしなくても良くなると

その存在を忘れてしまいがちです。

なので努力し続ける姿勢を持っていないと

短期的な目線になり

すぐに結果の出ない努力を避けたくなるわけです。

長期的な目線で努力を続けることは大変ですが、

そうしないと努力には余計に

精神力が必要なんだなぁと思います。

長期的な目線で頑張っている人ほど

精神力を温存しているのかもしれません。

なのでピンチのときに精神力を使って

それを乗り越えることができるんでしょう。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。

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